◆文化財紹介
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さすらいのおか■鹿瀬町水沢(高松家裏山)

水沢に流された会津藩家老

 日出谷駅に下車、護徳寺観音堂のある中村集落を過ぎてしばらく行くと水沢の集落に入ります。村中の高松家の裏山は古くから「さすらいの丘」と呼ばれ、会津藩家老保科正興の墓が立っています。正興は藩の政争に敗れて失脚し、水沢に流され、許されることなくこの地で没します。そのとき建てられたと思われる旧墓石は十字に切断され、倒れたまま今も地面に置かれ、政争のすさまじさを物語っています。
 正興は村の子どもたちに読み書きを教え、旱ばつには山へ登って雨乞いをするなど、村人からは「民部さま」と親しまれていました。正興の辞世の歌やそれにまつわる秘話などが残され、今もさすらいの丘に眠る正興の悲哀を伝えています。

 

■データ
・文化財指定/昭和62年(1987)4月18日
・所在地/
新潟県東蒲原郡鹿瀬町水沢
            (高松家裏山)

 

 

正興が謹慎した高松家に残る正興辞世の歌。
各行の頭尾をよむと、「保科正興の塚」となる。

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